見下す

前にも書いたかもしれないが、愚痴王は「商人に成り下がってしまう」というように、モノを売る商人をバカにしている。
士農工商を地で行く〇カなのかもしれない。
(歴史に詳しい方のツッコミは不要。私も士農工商は理解しているつもりだ)

愚痴王は、モノを動かすだけで収入を得る下衆な仕事と、商人を定義している。
そして、その中にハウスメーカーの営業も含まれている。

この考えを改めない限り、愚痴王と取り巻きの待遇は変わらない。
職に貴賤は無い。営業マンを含む商人も「誰でもできる簡単な仕事」では無い。

ここで気づいたのだが、要するに羨ましいのだと。
簡単そうな仕事で儲けているのが妬ましいのだと。
まるで小学生である。

余計な話かもしれないが、私は「直販が儲かるから下請けを止めた」のではなく、「下請けの仕事が減る一方だから、生き残るために直販に切り替えた」である。
結果、直販が儲かった。それだけだ。

そして、直販には商人の要素が多分に含まれている。
愚痴王にすれば邪道だろうな。知らんけど。

残念である

SNSで窓枠の仕上がりについて投稿があった。
投稿主は施主で、窓枠をフィニッシュネイルで止めた跡が気になるというものだった。

とても雑な仕事だと感じた。
位置に統一性も無く、パテ(コークボンド)で埋める事も無い。

が、「これが標準」という投稿が多く残念に感じた。
中には私と同じ意見もあったのだが、その意見が叩かれる始末。
詳しくは分からないが、施工マニュアルどおりという事かもしれない。

が、ほんのちょっと工夫するだけで仕上がりに大きな差が出る。
ここが職人の勝負しどころだと思うのだ。
仮に標準通りであっても、NG行為でなければ工夫すべきではないか。
職人として気持ち悪く無いのか。

そして、これが標準という意見の中に「手間が安くて細かい作業などできない」というものがあった。
残念を通り越して悲しく、それを通り越して笑えてきた。
安いからできない? やらないから安くなって、低いレベルを標準と言い訳しているだけだろう。

愚痴王だけじゃ無いのだな。
というか、それこそ愚痴王が標準という事か。
職人は、いつからこんな大物に成り下がってしまったのだろう。

ただ、これはSNSだけの世界。
この投稿を見ながら笑っている、投稿もみていない職人の中には、私と同じ考えが多いと願いたい。

そうでなければ、衰退するのは当たり前で、手間代が増えないのも当然だ。
自ら価値を下げているのだから。

愚痴王の本領発揮

「月収170万」という内装業の方がいた。
何かのニュースを切り取った動画で、SNSで何回も使われている。

期待通り愚痴王が噛みついていて「これは月商だ」と。
その通りかもしれないが、根拠は何だろう?
その上で「人工5万を超える仕事があるハズ無い」と。

愚の骨頂。

なぜ人工に固執するのか? それ以外の発注方法(請負方法)があると知らないのか?
私も建築業界に身を置いているが、下請け時代から人工で請ける事は無かった。
「業種による」と愚痴王は反論するかもしれない。
その通りかもしれないが、「業種による」ではなく「請ける側による」が正しいと思う。

一度愚痴王に会ってみたい。
私をどこまで否定できるだろう。
ちなみに、材工で請ける事がメインの業種の為、愚痴王のいう人工は全否定になる。
月収(月商では無い)を稼働日数で割っても、愚痴王の言う2万にはならない。
誤差の範囲? いや、愚痴王を全否定するほどかけ離れている。

浮き沈みがある。これは否定しない。
だから人工換算するとバラつきは大きい。
が、平均しても2万にならないどころか、最低月でも2万より上である。
最高? 愚痴王に言わせれば「ウソ」になるだろうな。

建築系に関係無いかもしれないが、独立開業は工夫次第で夢がある成果が手に入る。
そう「工夫次第」である。ここはテストに出るぞ、赤で書いてくれ。

社員雇用の職人

あくまで私見と前置きした上で書かせていただく。

私の見習い先は、常傭の職人(以降、社員)と手間請けの混在だった。
社員は日給月給。手間請けは1ヶ所いくら(1現場いくら)
収入は手間請けのほうが多い。

その2種類を客観的に見て感じたのは、社員は緩いという事だ。
社長(親方)が恐ろしくいい加減な人で、寸法の測り間違えなど日常茶飯事。
現場を納めるには、すぐに動ける社員を雇用するしかない。
だから、社員の身分は保証されていた。

が、手間請けはミスのカバーを行わない。
カバーした分、手間代が増えればいいが、そうはいかない。
同じ時間で完成させていく。
手抜きも目立ったが、プロ意識は高かったように感じた。

身分が保証された社員は、向上心は無かった。
いない人の悪口ばかり、給湯室のOLかと思うほどだ。
(給湯室の件はドラマの話である)
新しい部品に対応ができず、古い技術を更新できない。
(それでも当時は対応できた。今は無理だろう)

手間請けは少しでも効率を上げるため、常に新しい事にチャレンジしていた。
電動工具も揃え、治具も持ち歩く。
話は過去の武勇伝(これも考えものかもしれないが)
人の悪口を言っているヒマは無い。

念を押すが私見である。

社員は「社員でしか活動できないレベル」、手間請けは「どこでも戦える(人格はさておき)」
当時は職人に社会性、社交性を求める事が少なかったので、腕と守備範囲が広い=良い職人だったとすれば、手間請けに軍配が上がる。

社会主義もそうだが、過ぎたる安定は怠慢を生む。
当たり前である。人以上に動いても収入は変わらないなら、人並みで抑える。
優秀な人が人並みで抑えれば、人並みはもっとサボる。
どんどん平均値が下がって、国(会社)は貧しくなる。
これを低減するには「サボったら粛清(解雇)」が必要という事だ。

現代の会社は社員の身分保障が高くなった。
悪い事では無い。が、社会主義よろしく、本来の実力を出さない社員もいるだろう。
正当な評価が無ければ、サボるか去るか。
これは昔から変わらず、社員雇用の職人はサボったのである。

能力、実力の高低ではなく、仕組み次第で成果が変わってしまう事もある。
だから、私は職人の社員雇用は反対だ。
ある程度の実力を身に付けたら独立し、正当な評価を得るほうがいい。
そして、支払う側も能力に応じて払うべきだ。
今のような人工請け負いのシステムでは、職人は成長しない。
社員と差が無いからだ。

最後に愚痴王の話になるが、愚痴王は人工の増額に固執している。
これこそ怠惰の頂点である。
安定賃金を高めたら職人はサボる。
少なくとも、経営者や発注元はそう考えている。
安くても請ける人がいるから高くする必要が無いのではなく、高く払う意味が無いのだ。

高い報酬を得たいなら、レベルの高い仕事を自ら獲ればいい。
これは下請け、元請けは関係無い。
要するに愚痴王もサボっている側という事だ。

特別な仕事

愚痴王は、若手が育たない=賃金が安いと定義している。
間違っているとは言わないが、それだけが理由では無いと考える。

コメ農家もそうだが、確かに収入は期待できないのかもしれない。
数年前の話だが、コメ農家の家をリフォームする件があった。
離れを娘夫婦の家にするリフォームだったが、とにかくジジイの口出しが酷かった。
そして、いかに農家が特別な仕事で尊敬されるべきかを長々語っていた。
まさに老害。テンプレどおりである。

残念ながら、職人業界にもこの考えは強いと感じる。
長幼の序、これは「年少者は年長者を敬い、年長者は年少者を慈しむ」という考えだが、前者しか理解しないバ〇が多いのだ。
年功序列。ただ早く生まれ、早く始めただけなのに、なぜ尊敬されると思うのか?
そして「オレも苦労したのだから、オマエ達も苦労しろ」という考えが強い。
苦労を否定するつもりは無い。が、無駄な苦労は不要だ。
気合と根性? これも否定しないが、これを是とするなら、若者を超える気合と根性を年長者が示してみろと言いたい。

収入もそうだが、要するに魅力である。
先輩方をみて、魅力を感じなければ若者は育たない。
年長者が年少者を排除するような考えだから、いや、自覚は無い老害ばかりだから、若者はソッポを向くのだ。

そういえば、愚痴王は「一日最低4万」と書いていた。
経費云々も含めての計算だが、仮に経費がゼロとして(あり得ないが)300日働くと1200万になる。

・・・・思ったより低い。謙遜しているのか?
いや、世の収入、価値を知らないだけか。

愚痴王の凄いところ

閲覧数が数万を超えている。
これほど注目される投稿ができる。
これが愚痴王の凄いところだ。
惹き付ける文章力もある。

ただ、手間が少ない、若者が参入しないと嘆くだけで、打開策は「手間を払うだけ」しか提示できない。
この投稿を見て、ますます若者は遠ざかるだろう
「こんな〇カに仕事を教わりたくない」と。

これに気づかず、自身の主張ができる愚痴王は凄い。

愚痴王も私も職人ではあるが・・・・

同じ市場で働くもの同士、分かり合える部分もあるかもしれない。
が、私は異端者。職人の常識は通用しない。
だから生き残っているという自負がある。

「職人は、職人の道だけ理解していればいい」
愚痴王と、その意見に賛同している方々をみると、こんな考えなのだろうと思う。
悪いとは言わない。ただ、この考えこそ、自身の首を絞めている可能性があると気づいて欲しい。

10年、20年・・・と遡りながら住宅を眺めてみれば、そこに求められる技術が違うと気づく。
さらには消費者の需要も変わっていると気づく。
愚痴王にすれば「悪しき安売り」になるが、これが需要である。
もし、消費者が安売りを否定し、旧来からある職人の技術が詰まった住宅を欲するなら、職人の価値は高かっただろう。

いや、実のところ、今でも職人の価値は高く、消費者は、ある程度尊敬してくれている。
これは直販をやってみると感じる。
私にすれば一桁の足し算程度の技術でも、消費者は円周率の暗証のごとく感じてくれるのだ。

時代とともに変わったのは、容易に情報を集める事ができるようになった事だ。
住宅で言えばショールーム、展示場もあるが、直接行かずともネットで見る事ができる。
自分が求めている情報だけ、短時間で効率よく比較できるのだ。

職人も、この選択肢に加われば良い。
それが上手くいっている職人は、相応の価値、相応の売上となっている。
これは直販、下請けに関係無い。
ハウスメーカーが自社の売上を高める付加価値として、職人を選ぶケースがあるからだ。

例えば、引越し屋で「女性スタッフだけ」としたら?
ある人は、女性ならではの安心感を持つかもしれない。
もしかすると如何わしい理由で頼む人もいるかもしれない。
が「女に荷物が持てるかよ!」とマイナスに感じる人もいるかもしれない。
ここで後者は切り捨て、前者に絞った宣伝ができれば、それが差別化になり、価値が生まれる。

これを、全く宣伝していなければ「たまたま女性がきた」となり、前者は満足するだろうが、後者は不満である。
もし後者がネットで不満を書き連ねれば、価値はマイナスになってしまう。

ポジティブな面、ネガティブな面を考えて、しっかりアピールする。
たったこれだけの事だ。
それをせず「職人は」と一括りにしている時点で、価値など上がらない。

愚痴王にすれば、広告宣伝など職人がすべき仕事では無いのだろう。
が、それを言ったらSNSで愚痴を投稿するのも、職人にはあるまじき行動では無いのか?
結局、他責思考というだけである。

さて、次の投稿を楽しみに待つとしよう