愚痴王も私も職人ではあるが・・・・

同じ市場で働くもの同士、分かり合える部分もあるかもしれない。
が、私は異端者。職人の常識は通用しない。
だから生き残っているという自負がある。

「職人は、職人の道だけ理解していればいい」
愚痴王と、その意見に賛同している方々をみると、こんな考えなのだろうと思う。
悪いとは言わない。ただ、この考えこそ、自身の首を絞めている可能性があると気づいて欲しい。

10年、20年・・・と遡りながら住宅を眺めてみれば、そこに求められる技術が違うと気づく。
さらには消費者の需要も変わっていると気づく。
愚痴王にすれば「悪しき安売り」になるが、これが需要である。
もし、消費者が安売りを否定し、旧来からある職人の技術が詰まった住宅を欲するなら、職人の価値は高かっただろう。

いや、実のところ、今でも職人の価値は高く、消費者は、ある程度尊敬してくれている。
これは直販をやってみると感じる。
私にすれば一桁の足し算程度の技術でも、消費者は円周率の暗証のごとく感じてくれるのだ。

時代とともに変わったのは、容易に情報を集める事ができるようになった事だ。
住宅で言えばショールーム、展示場もあるが、直接行かずともネットで見る事ができる。
自分が求めている情報だけ、短時間で効率よく比較できるのだ。

職人も、この選択肢に加われば良い。
それが上手くいっている職人は、相応の価値、相応の売上となっている。
これは直販、下請けに関係無い。
ハウスメーカーが自社の売上を高める付加価値として、職人を選ぶケースがあるからだ。

例えば、引越し屋で「女性スタッフだけ」としたら?
ある人は、女性ならではの安心感を持つかもしれない。
もしかすると如何わしい理由で頼む人もいるかもしれない。
が「女に荷物が持てるかよ!」とマイナスに感じる人もいるかもしれない。
ここで後者は切り捨て、前者に絞った宣伝ができれば、それが差別化になり、価値が生まれる。

これを、全く宣伝していなければ「たまたま女性がきた」となり、前者は満足するだろうが、後者は不満である。
もし後者がネットで不満を書き連ねれば、価値はマイナスになってしまう。

ポジティブな面、ネガティブな面を考えて、しっかりアピールする。
たったこれだけの事だ。
それをせず「職人は」と一括りにしている時点で、価値など上がらない。

愚痴王にすれば、広告宣伝など職人がすべき仕事では無いのだろう。
が、それを言ったらSNSで愚痴を投稿するのも、職人にはあるまじき行動では無いのか?
結局、他責思考というだけである。

さて、次の投稿を楽しみに待つとしよう